鈴木 孝夫。 鈴木孝夫の一覧

孝夫 鈴木

今全世界はG7で代表されるように、日本以外のG6は言語も宗教も人種も風俗習慣も全部ヨーロッパ・アメリカが中心です。 歴史上異民族の侵略を受け、外国からの支配を受けたことで言語上の圧迫を同時に経験し、固有の言語が消滅する危機に瀕した国の場合、支配していた国の言語を恨む場合が少なくないが、日本の場合は他国による言語上の圧迫を受けたことが無く、多言語に対する否定的な感情を持つ土壌がなかった、としている。 その意味で言うと、20世紀はいい時代だったと思いますね。

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補章として、大学における教育改革の実践記録があり、著者の主張が、少なくとも、全く実現不可能な空論ではないことが示されているのも高く評価できる。
孝夫 鈴木

単純に「英語は日本人にとって不必要だから習ったはしから英語を忘れていく」。

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そんな変わり者を温かく見守ってくれました。 1947年慶応義塾大学医学部予科卒業、1950年同大学文学部卒業。
孝夫 鈴木

今でこそ私もアメリカ英語どころか日本式英語でも構わないと言っているけれど、当時私は完全にイギリス志向だったんですね。

『鈴木孝夫 言語文化学ノート』(大修館書店、1998年)• その達人が、これだけ激賞するのだから本書はその内容において優れていることは証明されたも同然である(笑。
孝夫 鈴木

もっと証拠を挙げてください。 なぜならば、ことばは、私たちが素材としての世界を整理して把握するときに、どの部分、どの性質に認識の焦点を置くべきかを決定するしかけにほかならないからである。 エリートだということは大変に辛いことなのです。

私も言語学の立場から、いろいろなことばと事物の関係を調べ、また同一の対象がさまざまな言語で、異なった名称を持つという問題にも取り組んできた結果、今では次のように考えている。
孝夫 鈴木

すると田舎のおじいさんやおばあさんまでが意外に漢字がちゃんと書けて普及していることが分かった。 だからアメリカ占領軍総司令部の教育委員会がね、日本は悪魔の文字である漢字を使うのを止めて、ローマ字を使うようにしたほうがいいと言った。

卒業後アメリカ・ミシガン大学に留学 鈴木佑治:そして1950年3月に卒業して、4月に慶應義塾大学文学部助手になられたと伺っております。
孝夫 鈴木

是非読んでいただきたいと思う。 私はそれまで知らなかったのだけどアメリカで英語やるならミシガンと言われるくらいメッカだった。 著書に『ことばと文化』(岩波書店)、『武器としてのことば』『閉された言語・日本語の世界』(新潮社)、『人にはどれだけの物が必要か』(中央公論新社)、『あなたは英語で戦えますか』『鈴木孝夫の曼荼羅的世界』(冨山房インターナショナル)ほか多数。

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私は、言語社会学の専門家として、言葉で相手に自分を伝えること、これまで軽視されてきた「 言力」 こそ最も重要だと強く主張します。 エコロジー&エコノミーとは、まさにこのことだ。